電気ブランを知っていますか?日本初のバー「神谷バー」との関係は?

神谷バー,電気ブラン 基礎知識
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電気ブランというお酒を知っていますか?
日本で初めてといわれる神谷バーの創業者の神谷伝兵衛が作ったカクテルです。

神谷バーは今も浅草にあり、老若男女問わず100年もの間人々を楽しませています。
今回はこの電気ブランと神谷バーについて紹介したいと思います。

が、いつもの紹介では面白くないので、物語仕立てで紹介しようと思います。
初の試みなのでうまくいくかどうか・・・。

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序章「電気ブランとは?」

「おい、竹中君。電気ブランを知っているか?」
そう先輩に問われた時、なんの話をしているのか理解ができなかった。
数秒経った後、先輩は僕がなにも話さないのを見て、後を追った。

「酒好きとはいえ、知らないか。電気ブランは百年前に生まれたカクテルなんだ。」
カクテル?カクテルに電気とか漢字の名前がついているんですか?僕は無知を承知で先輩に答える。

先輩いわく、電気ブランとはこのようなものらしい。

生まれは明治時代の頃、最新のものには「電気」とつけるのが流行ったらしい。
モダンな西洋文化が溢れ、明治15年には初めての電灯が銀座に灯された。
この電灯を見に連日大勢の人が押し寄せたとのこと。

そんな中生まれた電気ブランは、日本で初めてのバーと言われている神谷バーの創設者である神谷伝兵衛という人が作り出した、「世紀の発明」とのことだ。
電灯のほうがよっぽど世紀の発明のように思えるが、先輩はどうも電気ブランが好きらしく、力説していた。

この神谷伝兵衛の商売のうまいところは、明治15年頃に速成ブランデーを製造・販売し当時大流行していたコレラに効くと、大々的に喧伝したらしい。
これが大当たりで、その後に改良を加えて「電気ブランデイ」を売り出したことが始まり。

電気ブランはその名の通りブランデーを主成分とし、そこにジン、ワイン、キュラソー、薬草まで加えられている。
ここまでは公表はされているが、詳細な調合方法や作り方は門外不出。
このご時世に門外不出とは。まるでコーラのようじゃないか。

それで、その電気ブランがどうしたんですか?と僕は先輩に尋ねる。

「実は、この電気ブランが初めて売られた神谷バー、まだ浅草に存在していて、観光客にも大人気らしいぞ。近所のハイカラなおじいちゃんたちはまだ日が明るい頃から飲み始めているらしい。」

昼間から飲み始めるなんて、なんてけしからんことだ。
多いにけしからんぞ。
僕は表面上はそう思うが、実はうらやましくてたまらないのだ。
昨日の休みも、実は吉祥寺のキリンシティで昼間から飲んでいたのは内緒だ。

「そこでだ。酒好きの竹中君を誘って神谷バーに行ってみようかと思うんだが、どうだ?」と先輩からのお誘いの言葉が。
その時、ちょうどよく通りかかった僕の2個後輩の松田さんが会話に入り込んできた。

「神谷バーに行くんですか!?私も行ってもいいですか?実は最近気になってたんですよねー!」と、「他称」酒豪の松田さんが言う。
この松田さん、本人は気づいていないのだが、かわいい顔してかなりの酒豪だ。
先週の金曜も、課長を含むチームメンバーで飲みに行って、下心ある面々を全員潰したらしい。
そして、僕もその下心ある一人でもある。

「松田さん、それなら一緒に行こうか」と先輩が言うので、おいおいまてまて、下心あるやつ2号よ、1号を忘れるな。
それなら3人で行きましょう、と慌てて僕も先輩に誘いの言葉をかける。

「よし、決まりだ。それなら今週の金曜早帰りしていってみようか」
「いいですね!ぜひぜひ!」
僕にとっても異論はない。松田さんと飲みに行けるのなら願ってもなし、その神谷バーとやらにも興味が出てきた。

行きはよいよい帰りはどうなる?

待ちに待った金曜の夜。17時が近づくにつれ、そわそわが止まらない。
今日こそ松田さんに僕の気持ちを届けるんだ・・・。でも、その前に邪魔な先輩を潰してからだな。
そんなことを思いながら業務をしていたら、失敗の連続ばかりだった。

まぁよいよい。そんな失敗なんてどこ吹く風。仕事の失敗なんぞ、この楽しい時間の前の前座にすぎんぞ。
そう思いながらやり過ごし、17時2分に会社を出て先輩と松田さんと合流する。

神谷バーに行く道すがら、先輩は電気ブランの解説の続きを始める。
「電気ブランは甘くて飲み口は良いけど、飲み過ぎると足をとられる人が多発したからカップ3杯まで、と決められていたようだよ。アルコール度数も当時45度あったようだからね。」

ふふん、そんなのは学習済みですよ。
今日はこの電気ブランを使って二人を潰し、あわよくば松田さんを家まで送っていく任につく予定ですからね。
先輩は申し訳ありませんが、店で残ったお勘定を払う役目を担ってくださいよ。

僕のそんな気持ちを知るそぶりもなく、松田さんは言った。
「3杯飲んだら足をとられちゃうなんて!私なんて1杯でもダメかも~」
それは嘘だ。きっと3杯は余裕だ。勝負はそれを越えてどこまで飲めるかだな。

先輩が松田さんの言葉を受けて、答える。
「どれだけ飲めるか、3人で勝負してみるか!」
くくく。先輩。鴨が葱を背負って来るとはこのことですよ。
あなたは自分の堀った落とし穴にはまることになりますよ?

そんな話をしながらの電車はあっという間で、神谷バーに到着した。

魔境神谷バーを制するのは?

神谷バー,電気ブラン
今も存在する神谷バーは、今も大正の香りがするレトロな建物だった。
浅草駅のすぐそば、吾妻橋の近くにあり、一階が神谷バー、2階が洋食レストラン「レストランカミヤ」、3階が和食レストラン「割烹神谷」。
行ってみるとすぐここだとわかるレトロな看板に案内されて中へ入る。

金曜の夜だからか、普段からなのかはわからないが、中は人でいっぱい。
ここは食券方式で、先に食券を購入した後に席につく。
ようやく見つけた席に腰を落ち着ける。

僕はなにを頼んだかって?電気ブランとビールだ。なぜ2杯もいきなり頼むのかって?それは松田さんに言ってくれ。
松田さんいわく、「ビールと電気ブランを交互に飲むのが通な飲み方らしいですよ♪私はそれで行こうかな?」とのこと。

そんなこと言われたら後には引けないじゃないか。
3人そろって電気ブランとビールを頼んだ。
これは後から知ったのだが、店もおすすめの飲み方のようで、そんな飲み方をしているのがたくさんいた。
そして、みんな決まって陽気だった。さすが電気ブラン。その強さが知れる。

一応紹介しておくが、神谷バーでは電気ブランはノーマルの「電気ブラン」と「電気ブランオールド」の2種類がある。
電気ブランのことを「デンキブラン」、電気ブランオールドのことを「電氣ブラン」をメニューには表記がある。
そして、この電気ブランの2種類は同じ場所にある「神谷バー賣場」でも購入が可能だ。
神谷バーでは「電気ソーダ」と言われる電気ブランをソーダで割ったものや「ハチブドー酒」も飲むことができる。

このハチブドー酒も電気ブランに負けず劣らず歴史のあるアルコールだ。
明治14年に発売され、当時本格的なワインを飲みなれない日本人のためにワインに蜂蜜を入れていたようだ。
この伝統を受け継ぐのがハチブドー酒というわけだ。

これも飲みたかったが、飲めなかった。
なぜかって?

電気ブランで潰れたからだよ!
言い直すと、松田さんに潰されたからだよ!
「私、飲むときはあまり食べないんですよねー」というので、ほとんど食べずに飲んでばかりいた。
記憶があるのは、電気ブランを3杯煽ったところまでだ。

電気ブラン3杯ということは、ビールも同じ杯数を飲んでいる。
6杯飲んだら撃沈だった。

月曜に松田さんに言われたのが、「先週はごちそうさまでした!あんなに飲んで、まだ先輩と飲んだんですねー」と言われた。
どうやら、まだ二人で飲んでいくといって松田さんを先に返し、先輩と僕はその後早々にダウンしていたらしい。
この神谷バーは閉店が22時で、21時半がオーダーストップだ。
おそらくわずか2時間くらいで潰れた計算になる。

松田さんは、「家に帰ったらなんだか目が覚めちゃって、飲みなおしちゃいました!」だそうだ。
末恐ろしい。

電気ブランと神谷バーまとめ

いかがでしたでしょうか?
今回はちょっと趣を変えて書いてみました。
電気ブランは当時は45度の度数がありましたが、現在は電気ブランが30度、電気ブランオールドが40度です。

この強いアルコール度数がピリピリと電気のようだから電気ブランだ、という説もあるようですが、発売元はこの説を否定しています。
「電気という名がモダンなため作られた」と公表しています。

電気ブランは太宰治の人間失格にも登場します。
「酔いの早く発するのは、電気ブランの右に出るものはないと保証し」と表現するほど、当時は強いお酒だと言われていたようです。
森見登美彦の小説「有頂天家族」などには「偽電気ブラン」という電気ブランを真似して作られたお酒も登場しました。

今回の記事(?)の中に出てくる情報は、作ったのではなく正確な情報ですのでご安心を。
なので、閉店は22時のようなので、興味がある人は早めに飲みに行きましょう。

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